デス・オーバチュア
第55話「光輝天昇華(こうきてんしょうか)」




セルの体を突然、背後から抱きしめる者が居た。
「……あれ、あなた、もう、動けるようになったの?」
セルを抱きしめているのは、紫の髪に瞳の少女ネツァクである。
ネツァクはランチェスタの見ている前で、セル……いや、クロスの体からマントを一気に剥ぎ取った。
クロスは糸の切れた人形のようにそのままバタンと前のめりに倒れ込む。
クロスの体から離れたマントから徐々に銀色が落ちていき、無色透明なマントが生まれた。
「あ、気づいたんだ? 結構鋭いじゃない、あなた」
ランチェスタは感心したように呟く。
「……気づかない方がどうかしている……」
ネツァクは苦しげな吐息で答えると、マントを抱いたまま地面に座り込んだ。
「まあ、そうかもね。あなたの思ったとおり、その無色透明なマントがセリュール・ルーツの正体よ。身に纏った者の色に染まる己無きモノ……それが彼(彼女)……」
「なるほどな、先代の南の魔王か」
口を挟んだのは色違いの瞳の美少年オッドアイである。
いつのまにそこに居たのか? 光皇の光輝蝎針蹴の毒のダメージもすでに無くなっているようだった。
「あ、オッドアイ、久しぶりね」
「ランチェスタか……だいぶ姿が変わったな……」
「あなたは立派になったわね……と言いたいところだけど、最後に会った時から全然変わってないのね」
「当たり前だ。僕はこの姿で成体、完成体だ、これ以上成長はしない。幼くなっている貴方の方がおかしい……」
「嘆きの十字架に数千年がかりで力の大半を吸われちゃったからね……縮みもするよ……」
「嘆きの十字架……」
オッドアイは、ランチェスタの横に倒れている白銀の十字架に視線を向ける。
「……あいつの作品か……?」
「おしい。正確には、光皇と魔皇妃と魔導王の合作よ」
「なんだとっ!?」
オッドアイは信じられない、そんなものがあるはずがないといった表情で、白銀の十字架を凝視した。
『別におかしくないだろう? 魔王と遜色ない力を持っているランチェスタを封印するには、魔王一人分の力じゃ足りないからな』
「貴様っ!?」
ゆっくりと一人の男が近づいてくる。
金の髪に、青い氷の瞳、豪奢なのか質素のなのか解らない白衣を着こなした、女性的な美貌の青年。
「ルーファス、貴様っ!」
「よう、オッドアイ、毒は中和できたみたいだな。まあ、光輝使いが光輝でくたばったら間抜けの極地だよな」
ルーファスは意地悪く笑った。
「黙れっ! 卑劣な……せこい技を使いおって! それでも光皇かっ!?」
「おや、そのせこくて幼稚な技にあっさりひっかったお馬鹿さんな坊やは誰かな〜?」
「くぅぅっ……貴様っ!」
オッドアイはルーファスに飛びかかる。
「青魔天威殺(せいまてんこうさつ)!」
「ガキが……」
オッドアイは青い光輝を宿した左拳でルーファスを殴りつけた。
しかし、左拳はルーファスの右掌にあっさりと受け止められる。
「なっ!?」
「覚えておけ、オッドアイ。強さってのは、エナジーの量だけで決まるわけじゃない」
「ぐうっ!?」
ルーファスの左拳がオッドアイの腹部にめり込んでいた。
「エナジーの量や質なんかよりも、そのエナジーをいかに的確に効率よく使うか、それが大事なんだよ……こういう風になっ!」
ルーファスの左拳が黄金色の光を発したと思った瞬間、凄まじい爆音と共に、オッドアイが吹き飛ぶ。
「がぁぁ……っ!」
吹き飛ばされたオッドアイは空中で回転しながら体勢を立て直し、なんとか足から地面に着地した。
「……き……貴様……」
オッドアイは腹部を右手で押さえている。
「今の俺とお前のエナジー総量は凄まじい差がある。俺はお前の千分……いや、一万分の一ぐらいのエナジーしかないかもしれない。だが、攻撃や防御の際に エナジーを瞬時に練成(練り上げ)して、一点に集中することで、お前の垂れ流しのエナジーと互角ぐらいの威力にすることはできる」
「垂れ流し……だと……」
「ああ、そうだ。お前は自分の莫大なエナジーに自惚れて、エナジーを練り上げて質を高めることも、集中して出力を上げることもしていない」
「馬鹿なっ!? そんな基本技術が僕の技から欠落しているわけがない! さっきのは何かの間違いだっ! 喰らえ、青魔乱光殺(せいまらんこうさつ)!」
オッドアイは瞬時に間合いを詰めると、青い光輝を放つ両拳でルーファスに殴りかかった。
「だから、錬成も集中も甘いっていってるんだよ、クソガキ! 光輝乱舞っ!」
ルーファスは黄金に輝く両拳で、オッドアイの青く輝く拳を全て迎撃する。
「馬鹿なっ! 僕と貴様の力がまったくの互角だと!?」
「勘違いするなよ、馬鹿。丁度同じぐらいの威力になるように、合わせてやってるんだよ」
二人の拳がぶつかり合う度に、凄まじい青と黄金の光と衝撃波が周囲に荒れ狂った。
「くっ……」
「ちょっと……」
余波の衝撃波で吹き飛ばされそうになったネツァクとランチェスタはそれぞれ剣と十字架を地面に突き立てて体を支える。
「クロス!?」
意識を失っているクロスの体が衝撃波で舞い上がった。
「ちっ……」
ランチェスタの左手首の手枷から生えている鎖が伸びると、クロスの体に絡み付く。
「あんまり余計な世話を焼かせないで欲しいんだけどね。はい、これの面倒はあなたが見てね」
ランチェスタは鎖を引き寄せると、クロスの体をネツァクの前に叩きつけた。
「……礼は言うが……クロスの体を乱暴に扱うな」
ネツァクは鎖から解放されたクロスの体を強く抱きしめる。
「はいはい、これでも最大限ソフトに扱ってるんだけどね」
ランチェスタとネツァクがそんな会話している間もオッドアイとルーファスの戦いは続いていた。
「青魔地殺槍(せいまちさつそう)!」
オッドアイが左手をかざすと、ルーファスの足下から無数の青い光輝の槍が飛び出す。
「全部で七十二発か、威力はともかく、数が少な過ぎるぞ」
ルーファスの姿は光輝の槍達が生えている地面にはすでに無かった。
「背後かっ!」
オッドアイは振り向くと同時に青い光輝を右掌から撃ちだす。
「だから、遅すぎるんだよ、お前はっ!」
オッドアイの上空に姿を現したルーファスは、左足でオッドアイの頭をボールのように蹴り飛ばした。
さらにルーファスは、吹き飛んでいくオッドアイを先回りして待ち構える。
「オッドアイ、お前の強さに足りないのは、さっき言った技術や経験だけじゃない。もう一つ決定的に足りないものがあるんだよ」
ルーファスの全身から黄金色の輝きが放たれた。
ルーファスは腰を捻り、左手を引き絞る。
「光輝天昇華(こうきてんしょうか)!」
ルーファスが左手を振り上げると同時に、大地から吹き出した黄金の光の柱がオッドアイを呑み込み、天を貫いた。



黄金の光の波は、重力に逆らい逆流した大滝のように天に向かって激しく昇り続けていた。
「強さに必要なのは意志だ。意志の力。俺への逆恨みや、魔王としてのプライドなんかで戦っているお前は所詮、その程度なんだよ。純粋に戦いと強さだけを求めるランチェスタの意志でも見習うんだな」
黄金の光の波でできた柱は、まるで天地創造の時から存在する空を支える柱のように堂々と揺るぎなく存在し続け、消える気配はまるで無い。
「あのさ、ルーファス、誉めてくれるのは嬉しいんだけど……それじゃあ、わたしが戦いにしか興味がない馬鹿というか……戦闘狂みたいじゃない」
十字架にもたれかかることでなんとか立っているランチェスタが不満を述べた。
「あん? 自覚ないのか? 誰もがお前のことはそう思ってるぞ」
「なんですって!?」
「ちっ、それにしてもクソガキとクロスのせいで余計な時間をくったな」
ルーファスは、ランチェスタを無視して、倒れているクロスに視線を向ける。
「……クロスは悪くない……」
ネツァクがルーファスを睨みつけた。
「……で、お前は何しに来たんだ? まさか、もう剣を折ったとか言うなよ?」
「違う……あれを届けに来た」
ネツァクは周囲を見回し、大地に突き刺さったままになっている魂殺鎌を見つけると、視線をそこで止める。
「あれがあれば簡単にクロスの姉が見つかる……と、あの女が言っていた……」
「リンネか……俺だって、それの方法にはちょっと前に気づいたさ。だがな……」
ルーファスは魂殺鎌の前に近づくと足を止めた。
突然、魂殺鎌は弾けるように地面から飛び抜けると、ルーファスに襲いかかる。
「ちぃっ!」
ルーファスは右拳で魂殺鎌を殴り、再び地面に叩きつけた。
「たく、主人であるタナトスが居ないと、遠慮なく俺に噛みついてくるからな……こんな奴と一緒にいられるわけがないだろうが」
「ふ〜ん、それが十神剣って奴? 本当に意志があるのね?」
「鞘(主人)がない神剣なんてのはただの狂犬なんだよ。特に理性が無いに等しい魂殺鎌(こいつ)はな……十年前に俺を殺しきれなかったのをプライドが許さないのか、ただ単に俺を喰らいたいのか……タナトスの目を盗んでは、俺を狙ってやがる」
「へぇ、光皇の命を狙うなんていい度胸してるじゃない、案外気が合うかもね、その娘」
「娘?……まあ、性別は一応女だろうが……こいつにはもう人格も無いぞ」
ルーファスは再び動き出そうとした魂殺鎌を踏みつけて動きを封じる。
「うわ、女の子を足蹴にしてる、最低〜」
「うるさいぞ、ランチェスタ!」
ルーファスが指を鳴らすと、白銀の十字架がランチェスタの背後に瞬時に移動した。
ランチェスタの手枷、足枷、首輪が十字架に引き寄せられ、彼女を十字架に張り付けにする。
「数千年ぶりに暴れてすっきりしただろう? 元の時代の至高天に戻ってろ」
「さんざん利用しておいて用が済んだらポイなの!? 女の子は使い捨て!? 最低! 女の敵!」
「利用してやっただけありがたいと思え。流石に俺もクソガキならともかく、今の姿でセルの相手はしたくなかったからな」
「あんなもう誰も居なくなった城で無為に時を過ごすのは嫌あぁっ!」
「あん? 仕方ない奴だな……あ、そうだ」
ルーファスの視線が、いまだに天を貫き続けている光の柱で止まった。
「光輝天昇華がどんな技か、お前ならよく知っているよな、ランチェスタ?」
「こんな時に何よ……光輝天舞なんかの数倍から数十倍の威力の光輝で相手を跡形もなく光の中で消し去る技でしょう?」
「まあ、そうなんだけどさ。例え、光輝に耐え切ったとしても、空の彼方……世界の外にまで相手を追放する追加効果があるのが特徴なんだよね、この技は」
「……な、まさか、あなたっ!?」
「行ってみるか、空の彼方へ?」
「鬼ぃっ! 悪魔っ!」
「いや、魔族だろう、俺もお前も」
「冷血漢! サディスト! 変態! えっと、それからそれから……」
「悪口を考えている余裕があるなら、大丈夫だな」
ランチェスタを張り付けにした白銀の十字架がふわりと浮かび上がる。
「いやあ〜っ! やめてぇぇっ!」
「安心しろ、俺達がやたらとこの『場』に来たから、ここは空間も時間もかなり歪みきっている……空の彼方じゃなくて、別の時代や、別の世界に弾き飛ばされるだけで済むかもな」
「いやああああっ!」
「じゃあな、ランチェスタ、縁があったらまたな」
「きゃああああああああああぁぁぁぁぁぁっ…………」
ルーファスは迷うことなく、光の柱の中にランチェスタをポイ捨てした。












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一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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